テレビのドキュメンタリーで見るような壮絶な体験をしました。
今だからこそ、ようやく落ち着いて、あの日のことを素直に話せる気がします。
これは、私の3人目の子どもの出産の物語です。
※本記事はプロモーションを含みます。
上の子2人は、ありがたいことに安産でした。
「3人目だから大丈夫」と経験者ぶって、初産の時よりずいぶん自己流に過ごしてしまった。それが、あんなに取り返しのつかない事態を招くなんて……。
あの日、自分の軽率な行動をどれほど悔やんだか。
「ごめんなさい」という言葉では到底足りない、苦しみと後悔の始まりでした。
1. 20キロの米袋。その直後に感じた「熱い違和感」
妊娠5ヶ月。お腹の子は順調に育っていました。
ある日、実家で20キロの米袋をもらいました。
仕事柄、重い物を持つことには慣れていたので、「3人目だし大丈夫」と何の疑いもなく持ち上げてしまったのです。
でも、その時でした。
足元に妙な違和感を感じ、とっさに嫌な予感がしました。
ふと足元を見ると、血が太ももを伝い、床に落ちていくのが見えました。一筋の赤い線。一気に血の気が引いたのを覚えています。急いで子どもたちを預け、震える手でハンドルを握り、病院へ向かいました。
2. 「今晩中に決断してください」残酷な宣告
診察の結果は、絶望的なものでした。
「胎盤が剥がれかけており、赤ちゃんをお腹に置いておくのは危険な状態です」
医師から告げられた言葉は、あまりに酷でした。
「助かっても障害は確実に残る。中絶するか、障害児として育てるか。今晩中に決断してください」
今夜中……? そんな、あまりに急すぎる究極の選択。
頭がパニックになり、訳がわからないまま涙が溢れて止まりませんでした。
3. 「エゴ」と「命」の間で揺れる心
私の心に、中絶という選択肢はありませんでした。だって、この子は今もお腹の中で一生懸命に生きているから。
けれど、夫は冷静でした。
「上の子たちもいるし、諦めるべきだ」
確かに、夫の言うことも正論です。障害を持って生まれたら、上の子たちにも苦労をかけるかもしれない。私の「産みたい、助かってほしい」という願いは、ただの身勝手なエゴなのだろうか……。
ぐるぐると、答えのない問いが頭を駆け巡り、現実を受け入れられずにいたその時。
再び、出血が私を襲いました。
そこからの記憶は、ほとんどありません。
病室内が騒がしくなり、救急車に運び込まれ……。次に目を覚ました時、私は全く別の病院のベッドの上にいました。
【この記事のまとめ】
後悔してもしきれない、あの日の米袋。
でも、運命の歯車はすでに動き出していました。
見知らぬ天井を見上げながら、私はまだ「本当の闘い」が始まることを知らなかったのです。
あの子が元気に笑っている今だからこそ、あの時の私に「もっと自分を許して、できるケアを一つずつ積み重ねて」と言ってあげたい。
今小さなお子さんの健康と向き合い、不安を抱えているお母さんがいたら、少しでも軽くなるお守りがあればいいなと思っています。
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もし、あなたが今一人で不安を抱えているのなら。
この小さなお守りが、あなたとあの子の毎日を明るく照らすきっかけになることを願っています。
あなたのその優しさが、あの子の未来に、たくさんの花を咲かせますように。
※本記事は個人の体験に基づくものであり、商品の効果・効能を保証するものではありません。
※サプリメントは栄養補助食品です。特定の疾患の治療や予防を目的としたものではありません。
※体質や体調により合わない場合があります。使用中に異変を感じた場合は、直ちに使用を中止してください。
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