「乳がんかもしれない」
そう疑い始めてから、私は取り憑かれたように「確率」ばかりを調べる日々を過ごしていました。
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かつて、乳がん検診の封筒が届いても、中身を見ることさえしなかった私。
ネットで調べれば調べるほど、自覚症状のチェックリストが目に飛び込んできます。
• しこり(痛みがない、硬くて形が不規則)
• 皮膚のへこみや、えくぼのような引きつれ
• 乳頭からの分泌物(特に血液が混じったもの)
• 乳房の形の変化や左右差
• わきの下のしこり
私の最初の違和感は、「乳頭からの分泌物」でした。
最初は茶褐色で「あれ?」と思う程度。でも、鮮血が混じったとき、ついに「乳がん」という言葉が現実味を帯びて頭をよぎったのです。
お風呂のたびに、右の乳頭にだけ付着する白いカスのようなもの。そんな小さなサインを見逃し、血が出るまで3ヶ月程の時間を無駄にしてしまったのかもしれません。
今振り返れば、体は何度もサインを出してくれていました。
・始まり: 右側の乳頭だけに付着する、白い粉のようなもの。
・数ヶ月後: じわっと滲み出る、お茶のような茶褐色の液体。
・告知前: はっきりと確認できる、赤黒い血液の混じった分泌物。
「一つしか当てはまらないから大丈夫」と自分に言い聞かせていたけれど、この色の変化こそが、私の体が発していた悲鳴だったのかもしれません。
1. 5〜10%の「要精密検査」という関門
病院でマンモグラフィと超音波検査を受け、私は「確率」の迷路に迷い込みました。
マンモグラフィで要精密検査になっても、実際にがんと診断されるのは全体の約5〜10%程度と言われています。
私の周りでも「要精密検査だったけど、結局は何ともなかったよ」という話をよく耳にしていました。
「きっと、私もその9割の方に入れる。大丈夫なはず」
そう言い聞かせていたのに、私はその狭き門をと突破してしまったのです。
超音波検査も同じ。10人のうち、最終段階の「針生検」まで進むのは、わずか1〜2人。
「きっと、その1〜2人には入らない。大丈夫なはず」
そう言い聞かせていたのに、私はここでもその狭き門を突破してしまいました。
2. 「半分」の壁さえも越えてしまった
医師は言いました。
「針生検は、組織を取って99%の確率で良し悪しを判断します。でも、針生検まで進んでも、半分以上は良性ですからね」
その言葉を、最後の希望にしていました。
でも、私はその「半分」の壁さえも、悪い方へと突き抜けてしまったのです。
誰にも言えない「がん」という現実を抱えて、真っ暗な穴の底に一人で座り込んでいるような感覚。
私もあの時、家族の前ではいつも通りに振る舞いながら、心の中では「これからどう病気と向き合っていこう……」と、答えの出ない不安を何度も何度も飲み込んでいました。
自分の心が壊れてしまいそうな時、どうか一人で耐えすぎないでください。
「Kimochi」には、あなたの行き場を失った感情を、そのまま受け止めてくれるプロ(公認心理師)がいます。
病院では聞けなかった怖さも、家族を思えばこそ言えない弱音も。
ここなら、顔を見せずに文字にするだけでもいいんです。
長い夜、あなたの心がほんの少しでも、一息つける場所になりますように。
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3. なぜ、こんな時だけ「最終候補」に残るのか
私は、何ひとつ取り柄のない人間です。
これまで何か新しいことに挑戦しても、最終段階まで残ったことなんて一度もありません。
いつも二つ返事くらいで脱落し、早い段階で終了してしまう。
なのに、なのに、どうしてこれだけは、最終段階まで残ってしまうのよ。
選ばれたくないものにだけ、しっかり選ばれてしまった自分。
その皮肉な現実が、ただただ情けなくて、やりきれない思いでいっぱいでした。
そして、現実に追いつけない心。
今はまだ、実感が伴わないまま現実逃避のような日々を過ごしています。手術までの長い時間、ただ「転移しないで」「これ以上大きくならないで」と祈ることしかできません。
【この記事のまとめ】
「まさか自分が」という確率を、ことごとく突破してしまった現実。
何の才能もないと思っていた私に突きつけられた、残酷な「選出」でした。
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乳がん体験談【第6話】吸引式乳房組織生検とコア針生検。若手医師の言葉に震えた、苦痛の検査日。
※あくまで個人の体験であり、医療的なアドバイスではありません。診断や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。