緊急帝王切開から2日目。痛みは相変わらず強く、私の体力を奪い続けていました。
痛み止めを使っても2時間と持たない。次の投薬までの時間が、永遠のように長く感じられるほどの苦痛でした。
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1. 「25週の帝王切開」がもたらす過酷な後陣痛
今回の帝王切開は、子宮が十分に伸びきっていない25週という早い段階で行われました。
通常よりも筋肉が厚い状態での開腹。さらに、出血を止めるために強力な「子宮収縮剤」が使われていました。
背中から持続的に鎮痛剤を入れる「硬膜外麻酔」も併用していましたが、私には気休め程度にしか感じられません。どんな体勢をとっても逃げ場のない激痛が走り、人間としての尊厳すら失いそうなほどの苦しみでした。
2. 午後、ようやく絞り出した「あの一言」
午前中はまだ、我が子の状態を聞く勇気が出ませんでした。
看護師さんから話題に触れることもなかったため、不安は募るばかり。
何か言おうとすれば胸が詰まり、感情のコントロールが効かなくなる。私はじっと言葉を飲み込み、時を待つしかありませんでした。
午後。ようやく心を落ち着かせ、震える声で看護師さんに尋ねました。
「赤ちゃん、大丈夫ですか……?」
ずっと、ずっと言えずにいた言葉。涙で視界が滲むのを必死にこらえながら、やっとの思いで絞り出した問いかけでした。
3. 「赤ちゃん、頑張ってますよ」その言葉の重み
「赤ちゃん、頑張ってますよ。明日の午後、会いに行きますか?」
その返事を聞いた瞬間、私は深く、深く頷くことで精一杯でした。
(生きてる!あの子は今も、戦ってくれているんだ!)
その場で泣き崩れたい衝動を理性が辛うじて抑え、私はベッドの上で静かに安堵の涙を流しました。
これまで二度の出産で、当たり前のように我が子を抱き、温もりを感じていた自分を悔やみました。
無事に終えられることは当たり前ではなく、すべてが「奇跡」の連続だったのだと、3度目の出産でようやく、ずっしりと思い知らされたのです。
4. 悔しさと、感謝と、世の理不尽と
「赤ちゃん、頑張ってますよ」
この言葉には、たくさんの意味が込められています。
無事に産んであげられなかったことへの強い自責。
90%の確率で障害が残ると告げられた、あの重い宣告。
代わってあげたいけれど、代わってあげられない現実。
どんな状況であれ、生きていてくれたことにただただ感謝する一方で、世の理不尽さに心は何度も沈みました。でも、明日、ようやく会える。
生死の不安を抱え続けた日々を越え、初めて対面する我が子の姿を、私はしっかりと目に焼き付けようと心に誓いました。
【この記事のまとめ】
激痛と葛藤の果てに、ようやく確認できた命の灯火。
25週で生まれた我が子は、NICU(新生児集中治療室)の小さなケースの中で、今この瞬間も懸命に呼吸をしています。
次回、いよいよ初対面。体重わずか742g、手のひらに乗るほどの小さな命との対面についてお話しします。
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超未熟児【第9話】ようやく会えた我が子。520gまで小さくなった体。涙が溢れた、小さな小さな命との初面会
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