NICUのいちばん奥で、無数の管に繋がれた我が子。
初めて対面したその姿は、想像を絶するほど小さく、触れるのが怖くなるほど繊細でした。
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「頑張ったね、ありがとう……そして、ごめんね」
溢れる言葉を喉の奥に押し込み、私はただ、その小さな生命の鼓動を目の当たりにしていました。
1. 「出生時742g」から「520g」へ。不安な体重減少
25週2日で生まれた我が子。出生時の体重は742gでした。
しかし、私がようやく対面できたときには、さらに体重が減り、わずか520gほどになっていました。
「なぜ減ってしまうの?」「このまま消えてしまうのではないか……」
ようやく会えた我が子は、生まれた時よりもさらに小さくなっていました。
そのあまりの小さなさに、私の心は恐怖で支配されそうになりましたが、担当医からはこう説明を受けました。
超未熟児の赤ちゃんにとって、この「体重減少」は決して悪いことではなく、避けては通れないステップなのだそうです。
お腹の外に出た瞬間から、未熟な皮膚を通して水分が蒸発していくこと。
そして、未完成な消化管を休ませ、すべてのエネルギーを「成長」のためではなく、ただ「今、生きること」だけに注ぎ込んでいること。
「一度しっかり水分を絞ってから、ゆっくり増やしていくのが、この子にとって一番安全な経過なんですよ」と。
知識としては、少しホッとしました。
あの子は今、大きくなることよりも、命を繋ぎ止めることに全力を出しているんだ。
次に会う時、あの子はどうなっているんだろう。
知識では分かっていても、私の胸のざわつきが消えることはありませんでした。
2. 「おめでとう」と言われない、静かな出産
結局、誰からも「おめでとう」の言葉をかけられることはありませんでした。
今にも消えてしまいそうな命を前に、その言葉はあまりに不似合いだったのでしょう。
「これから3ヶ月間は、いつ何があってもおかしくない。その覚悟をしておいてください」
医師から告げられた言葉は重く、冷たく響きました。
本当なら、8月のひまわりが咲く頃に生まれるはずだったあの子。まだ春の冷たさが残る時期に、あの子の孤独な闘いは始まってしまったのです。
3. 同じ屋根の下にいても、遥かに遠い我が子
産後の入院期間中、私は同じ病院内にいました。
けれど、決して自由にな面会ができるわけではありません。
「無事なのか」「順調なのか」
安易に聞き出すことさえ憚られるほど、現場は切迫していました。
上の子たちは今、どんな思いでいるだろう。
家族みんなで名前を呼んであげることすらできない。
母でありながら、我が子のために何もしてあげられない。ただただ祈ることしかできない毎日に、自分の無力さを思い知らされました。
4. 小さな体に宿る、とてつもない生命力
毎日毎日、生死の境をさまよいながらも、あの子は生きている。
あんなに細い腕で、あんなに小さな体で、一体どこにこれほどの力強さが隠されているのだろう。
自分の無力さに落ち込む私を、あの子の「生きようとする姿」が何度も奮い立たせてくれました。
我が子との距離はまだ遠いけれど、その生命の灯火を信じて、私も前を向こう。暗い病室でそう自分に言い聞かせていました。
【この記事のまとめ】
520gという、手のひらに乗るほど小さな命。
必死に命を繋ごうとするその姿は、私たちが当たり前だと思っていた「生きることの根本」を、全身で教えてくれているようでした。
次回、NICUに通い続ける日々。
「病院からの電話」に怯え、次々と告げられる聞き慣れない病名に戸惑う毎日。不安に押しつぶされそうになりながら、ただ祈ることしかできなかった、出口の見えない時間についてお話しします。
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超未熟児【第11話】重なる手術、失明の危機。小さな体で何度も死線を越えてくれた我が子
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